研究紹介: 結晶性ポリマーの変形による結晶化度および
その分子構造の変化
by 長坂
俊
気体になる沸点、液体になる融点(Tm)、そしてさらに温度を下げていくとガラス転移温度(Tg)と
呼ばれる、硬いガラス状態になる高分子特有の温度があります。
この融点(Tm)とガラス転移温度(Tg)の間では、結晶部分は硬いですが、非晶部分はとても
柔軟です。高分子の中のゴムは、結晶部分がなく全て非晶部分であるため、自由に伸ばすことが
可能なのです。
ところで、一般的に使われている高分子材料として、ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)が
ありますが、これらは結晶部分と非晶部分を持つ結晶性ポリマーです。この結晶性ポリマーに
物理的変形(例えば引張り)を与えると結晶部分における分子構造が変わったり、非晶部分が
結晶になって結晶化度(結晶部分の割合)が変化したりします。つまり、様々なミクロ構造の変化
によって弾性率などが変わるといったマクロな変化をするという面白い挙動を示します。これを
応用して超高分子量のPEを数百倍伸ばして弾性率の非常に高い繊維を作り出す技術なども
開発されています。
そして近年、同じポリエチレンでも高密度ポリエチレン(HDPE)や低密度ポリエチレン(LDPE)、
同じポリプロピレンでもメチル基の配置をコントロールすることでイソタクチックポリプロピレン(iPP)や
シンジオタクチックポリプロピレン(sPP)といった立体規則性を持つ特殊な物質(図2)を精度高く
作り出すことが可能となってきました。この構造の違いにより、例えばiPPとsPPに同じような物理的
な変形を与えても、異なる挙動を示すことがあります。
図2 立体規則性の違うポリプロピレン(メチル基の並び方が3次元的に一方なのか交互なのかで異なる)
ところで一般的に使われている高分子材料でポリスチレン(PS)もありますが、この材料は
結晶部分をほとんど持たず、結晶性ポリマーではない非晶性ポリマーです。(なぜゴムのように
伸びないのか。それはTgが室温より高いため、室温ではガラスのように硬いからなのです。)
しかしこれもまた近年の合成技術の発達により、フェニル基の配置をコントロールしたイソタク
チックポリスチレン(iPS)やシンジオタクチックポリスチレン(sPS)が合成できるようになりました。
これらは普通のPSと異なり、結晶部分を持つ結晶性ポリマーなのです。
これら精度の高いiPPやsPP、それにiPSやsPSは新しい物質のため、様々な研究が盛んに
行われています。僕はそれら結晶性ポリマーに引張を与え、それによって結晶化度がどのように
変化し、また内部の分子構造がどう変化するのかを観察しています。そしてそれらの変化が
物質の弾性挙動にどのように影響しているのかを研究しています。
これにより将来、物理的変化を与えて合成することで、衝撃に強い繊維を開発したり、逆に
非常に硬い物質を作り出せる技術の開発につなげていきたいと考えています。